FROM YOKOHAMA

ふつーになったらいいのにと思う事
数週間前の朝、バス停とその周辺にガードマン姿の男性が、数人立っていた。何事?と一瞬思ったのだが、ピン!と来た事があったので、そのガードマンに「今日、ひょっとしてクレイジー・ケン?」と訪ねたら。ビンゴだった。近所の市民公園で夕方から開催される、「クレイジー・ケン・バンド」の野外コンサートの為、違法駐車が無いようにと駐車場への誘導だったらしい。
今日、そのコンサートに行ってきたマミさんから聞いた感想・・・。「なんか、ちっちゃいウッド・ストックみたいだった」ですって。
コンサート自体は、野球グラウンドで行われたのだけど、その周りの芝生には、色々食べ物のテントとかが、出店されていたのだけど、横浜のG30の意向にそって、(ケンさんの呼びかけもあって)終了後にゴミは、見当たらなかったらしい。山下公園の花火大会の翌日とは、えらい違い。いつも、夏の花火の翌日は、周辺ゴミだらけでうんざりする。
コンサート中にも「喧嘩とかも、やるんだったら、大人同士タイマンで、見えないとこで、迷惑かけないようにやってね」といった意の呼びかけで、とにかくこの本牧でのコンサートは続けてやっていきたいから、周辺に迷惑がかからないようにとの主催者のケンさんの思いをみんなは、受け取ってたらしい。今、横浜では、四、五十代のロッカー達が、結構頑張っている。昔、遊んでいた大人達が、元気だと街も面白くなる。と思う。
で、何が言いたいかって言うと、ゴミに限らず、それが「善行」とか「決め事」って事ではなく、普通の行為としてただそういう事ってのが、いいなあと思う。
日常から繋がるすべて、例えば政治にしても(選挙とか)、環境とか、すぐに結果がでなくても、その時々の選択によって先になって自分の首をしめる事、ツケがまわって来る結果になるか、そうでないかが変化する。ミクロにもマクロにもの視点って大事じゃないだろうか。
コメント(0)| Track back(0) | 2005年09月26日18時11分08秒

ストンと降りてくるもの
今年の5月にニューデリーに行った時、仕事のパートナーのGさんの家にホームステイした。その家には、料理人のおばさんと、もう1人、下働きの「ラムー」という多分二十代前半の男の子、そして、会社にも下働きのラムーと同い年ぐらいの「シタラン」という男の子が居た。ラムーと顔を合わせるのは、朝晩だけだったが、決して相手と目を合わせることなく料理をサーブする際も、手を伸ばせるだけ、伸ばして、まるで自分を他人より、より遠くに位置させるような仕草、はだしで小走りに働く姿が、印象的だった。
シタランは、仕事場で一日、何回もチャイを運んでくれたり、結構、長い時間、顔を合わせる機会が多かったので、すぐに、私の「アリガト」とか「オハヨウ」の言葉に、はにかんだ笑顔を返してくれるようになった。勿論、日本では体験できないカーストの人間関係が厳然として在るというのは判っていたが、そのことを実生活として体験していない、ましてや外国人である私としては、インド人の中でただ「私」として身を置くしかなく、カーストを意識することはなかった。言葉に関しても一切ヒンドゥ―語を勉強しないで行ったので、「マスター」と呼ばれる社内の職人さんたちとのやり取りは、Gさんの通訳を介してのことだったが、作業を重ねるうち、コミュニケーションが、取れるようになってきた。ジェスチャーと表情で、言葉プラスの思いを伝えた。帰国の日、Gさんに教えてもらい、丸暗記の「帰国します。ありがとう。お世話になりました。」というヒンドゥー語をぶつぶつと繰り返しながらマスタ―達と、社員の皆のとこに挨拶に行った。お別れを言ったら、交流の無かったそれまで無表情だった社員の人もニコニコと手を振ってくれ、それを見て「ああ、良かった。一緒に居れた。見ててくれたんだ」と嬉しかった。
今、思うとインドでの毎日は「私」としての中に「自分」は無かったように思う。朝から晩遅くまで、ただ「つくり出す事」に集中していた。嬉しいことも新しい発見や驚きも、それが源泉だった。そこでの私は、ラムーもシタランのことも可哀相とは思わなかった。Gさんの息子の友達の婚約パーティに集まったゴージャスな面々を羨ましいとも思わなかった。その落差に憤りも感じなかった。ただ、見て、観察した。
ここ数日、本で読んだ文章が、こうした実体験と繋がって、言葉を超えてストンと理解できる感覚がある。それが、何であるか、どういう意味なのかを書き表すことは難しい。でも熱いものを触って「あちッ!」と瞬時に感じる知覚のようなものだ。昨日、アメリカン・ネイティブの「サンダンス」の前に捧げられる祈りの一節「偉大なる曽祖父よ! 私は生きています。」この「生きています」という言葉が持つ、身体の生死を超えた意味を、理解できた。ストンと「生きる」という言葉が降りてきた。

立場の違いを「正しい、悪い」「善、悪」といった二元論で判断することは、感情に任せたなら、簡単だ。だけど、そこに理解を加えたいなら、まず自分の足もとから体験して実感した知覚を眺めてみる。感情に「使われて」しまうと、先に進むときの判断力が鈍ってしまうからね。自分の役割が、ネットワークとして広がってゆくなら、その波が、ラムーやシタランにも届くかもしれない。まず、そこからだな・・・。と思う。
コメント(0)| Track back(0) | 2005年08月06日13時28分11秒

やばっ!
ある人にはブログを勧めといて、またある人には「最近、ブログ更新して無いじゃん!」などとせっつきながら、ココをほって置いたのは、そう「私」です。
で、何をしているかっていうと、今、インドでモノ作りをしていて、その企画やら、企画展のプレゼン製作やら、そして友達数人と始めた、「読書会」がらみの新しいサイトに参加、等等・・・。で、どれもが自分の中では繋がっていて、その根底にあるのは、「伝える」って言う事。とりあえずの「モノ」がらみのクリエイションは、9月の東京ビッグサイトで行われる「ギフトショー」でインドで作った商品のお披露目が第一歩。Informationが出来次第、サイトにもアップするつもりだけど、「ギフトショー」自体は卸売り対象の展示会なので、横浜のショウルームに商品が並ぶのは、9月中盤以降になりそうです。
コメント(0)| Track back(0) | 2005年08月05日16時17分22秒

6月の眺め

「多くの人が、何をされ何を言われようと、〔目には目をの〕掟に訴えるのは慎重でないと判断して、目には会釈を歯には微笑をかえす。」
  Raymond Roussel

                      


コメント(0)| Track back(0) | 2005年06月06日17時45分00秒

以心伝心テレパシー
わりと、ちょくちょく有る事なのだが、会いたいと思う人とか、会わなきゃいけない人とかに連絡を待たずに遭遇する事がある。
一昨日、イラストレイターの大滝さんが 「ヨッ!」といった感じでお店に入ってきた。数日前にケータイメールに「インド土産があるので、時間がある時来てね」と送ったのだが、ひょっとして見てない可能性が、勘では八割方あったので、PCのメールにも送んなきゃナと思ってた矢先だった。「ケータイ・メール見た?」と聞いたらキョトンとしていて見ていないことが判明、またもや彼女は偶然、現れたのだった。その数ヶ月前にも、仕事のプレゼンの話を友達としていて、「この話をするのなら**さんに話すのが一番、早いね」と言っていてその翌日、その**さんが目の前に現れビックリした。
ともかく、無事お土産は大滝さんの手に渡り、またいつもの通り、取り留めの無いボケ突っ込みの会話を楽しんだ。この方と私、大体考えてる方向が似ていて「うりゃー」「おりゃー」とネタの格闘技のように話が続く。
で、↓のレッサーパンダは、昨日大滝さんが、送ってくれた野毛山動物園の「モモタロウくん」コイツもやはり立つのだ。午後4時過ぎくらいが、一番立つ確立が高いらしい。
何年かしたら、レッサーパンダの二足歩行が、あたり前になったりして・・・。
    
コメント(2)| Track back(0) | 2005年05月25日14時28分49秒

人間の領域
友人の虎尾さんが表紙を描いている雑誌「風の旅人」9号に、日本が生んだ大学者、白川静さんの文章が載っている。80歳を過ぎてその思考にはみずみずしさを感じる。今、世界で起きている事を考えるのに、まず自分の内を覗いて見てからでも遅くない。というか、それは繋がっているのだから・・・。

「風の旅人」9号より転載
 人は生物学的にいえば「霊長類、ヒト科の動物」ということである。しかし動物というにはあまりに賢く、またあまりにも愚かである。
何億光年もの宇宙の全容を求めて、人は多額の費用を投じ、多くの智能を動員して、日夜けん研鑚を怠ることがない。それほどの知能が、他のどこの世界にあろうか。またこの狭い地上で、毎日数十百人、多いときには数千の人が殺され、あるいは貧困や飢餓のために、非命の死を遂げている。これほどの愚かさが、またどこにあろうか。もとより自然の世界は、弱肉強食の世界である。ただそれは、自然界の生体系を維持するために、神が命じた、一の無条件な秩序である。しかし戦争や犯罪や飢餓は、神が設定した予定調和の中にはない。自然の秩序の中に存する予定調和が、人間の世界に存在しないとすれば、人間は神に見放された世界に生きているのであろうか。確かに現在の人間は神に見放されているように思う。人々はみな神のみ名において争い、戦っているが、それは本当の神ではない。神とは名のないものである。唯一にして無辺際であるがゆえに、名づけがたいものである。無名は天地のはじめ、その天地のはじめに帰る以外に現在を救済する道はない。
 人は真善美を究極のものとするが、果たしてそうであろうか。美は確かに、あらゆる生物にとって価値のあるものに違いない。草木はなぜ、あのように美しい花を着けるのであろう。鳥や獣たちが、求愛活動のときに示す涙ぐましいまでの美の競演をみても、美の世界は確かにある。しかしそこには、真や善の世界はない。真や善の存在を主張するのは、宗教や道徳の世界である。人は美のために戦うことはないが、真と善の名のもとには、大量の殺戮をも辞することはない。彼らにとって、真と善とは戦うための唯一の名目であり、そしてその名のもとに、今もなおその愚かしい戦争を続けている。しかし真実は、地下に無量に存する石油を欲し、大量に生産される凶悪な武器を消耗するための、欲望の戦争ではないか。
 宗教はかつて、人を救うたかも知れない。しかし、本当に救われたのは、愚昧随順の人たちだけであった。救われたというように思うだけで、救われる人々であった。凡そ生物の全体に霊活な生を与えるもの、それが真の宗教であるはずである。その霊活なる秩序の中に身を投ずることが、真の宗教であろうと思う。何億光年にも及ぶ宇宙の神秘がひらかれたとき、人々ははじめて真の宗教の世界にふれることができよう。
 今の世は悪に充ちている。善を標榜するものが、殆ど悪のようにみえる。この百年来の歴史をみても、どこにも光明はない。人はいよいよ賢明に、悪事をはたらく。しかし決して失望してはならない。真に霊活なる自然界からみると、絶対の悪というものはありえないからである。
 私は少年のときによんだ、あの難解なファウストの中で、ただ一ヶ所だけ今も記憶に残るところがある。悪戯っぽく悪事をはたらくメフィストテレスが、もの思うファウストの前に突然姿を見せる。ファウストはあやしんで、「君はなにものかね」と尋ねる。するとメフィストテレスはいくらか得意気に「常に悪を欲し、却って善を為す、あの力の一部です」と対える。ふしぎに、この対話だけが記憶の底にあるのは、このような矛盾的な弁証法的な世界の中に私があるのだという、共感に似たものが私のうちにあったのであろう。東洋的にいえば、それは善悪無二の世界である。すべては数億光年の世界と同じく、人間もまた「過程」のうちにある。そしてこの過程のうちに、現実がある。
そこが人間の領域であることを、覚る外にはない。
コメント(0)| Track back(0) | 2005年05月23日13時38分59秒

美しき五月
タイトルだけでも美しく。なんのこっちゃです。
ほえ〜もう五月。DIARYをブログに変えてから、一向に更新せず、他のサイトに遊びに行ってて・・・いい訳です。ハイ。

で、突然ですが、昨日デモの最中に上海に出張していた方から聞いた話だと、現地でのリアルタイムでのデモの報道は、テレビ、新聞ともに無かったという事だった。逆に現地と取引のある日本人からの連絡で、上海人の知り合いはデモの事を知ったとも言っていた。また、日本人に対するバッシングも現地で感じる事は、無かったそうだ。その後、暫く経ってからの現地の新聞報道によると、デモに参加していたのは、地方出身の不遇(?)の大学生等が中心と書かれていたらしい。
中国の報道は規制があるにせよ、パラボラを設置してる家庭も少なくないし、BSでNHKの放送を見ることも出来る。まあ、情報操作というのは中国に限らず、日本においても俯瞰的に物事を見て多角的に検証しないと、報道通りに物事を追っていったら、一方向に進んでしまうだろう。
最近、気になるのが、ワイドショーとかのニュースソースでの声の吹き替え。この吹き替えの声質と言い回しも多分にマインドコントロール可能だ。その声を変えられた事で、大分印象が変わってしまう。って、見なきゃいいんですけどね。
コメント(0)| Track back(0) | 2005年05月01日20時58分06秒

不便な便利
4月1日から横浜市のゴミの収集方法が変わった。今までの回収は、ペットボトル、瓶、カン以外は、全部一緒くただった。分別して改めてゴミについて考えさせられたというか、プラスチックのパッケージが多すぎ。利便性を追求してきたあまり反って不便を選択している気になった。
自分が小学生ぐらいの時、紙は庭で燃やし、生ゴミは土に埋めていた記憶がある。だからゴミの収集に出すものは、そんなに分量が多くなかったような・・・。お水も水道水を飲んでいたし、瓶は酒屋さんが回収してくれていた。もうスーパーマーケットに買い物行くのやめようかななんて考えた。東南アジアの市場みたいに大型スーパーがテナント方式にすればいいのに。出来ないかな、そんな市場、近所に。
コメント(0)| Track back(0) | 2005年04月02日18時10分13秒

魚座の私の自己価値化
魚座生まれの有名人は、かのアインシュタイン。 “成功者を目指さないほうがいい。むしろ価値ある人になることを目標としたいもの だ。”なんて言っている。
「価値観」とかについて、ここ数日考えていたら「自己価値化」するどころかどんどん「自己無価値化」する方向でどんどん落ち込んで、またもや途方にくれたので、一旦、考えるのを止める事にした。
自分の得意分野でないことに頭を使うと調子の良い時でないと、どつぼにはまる。解っちゃいるのにいつもやっちゃう。

コメント(0)| Track back(0) | 2005年03月12日17時38分40秒

イラク従軍兵が語る従軍復帰を拒否した理由
[TUP-Bulletin] 速報470号より転載
イラク従軍兵が語る従軍復帰を拒否した理由

[TUP-Bulletin] 速報470号より転載
 兵役拒否米兵のことば 050302

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ビッグニュース! カミロ・メヒア氏釈放

昨日2月15日、カミロ・メヒア氏から、釈放されたといううれしい電話があった。
ご記憶の方もあろうが、7年以上従軍していたメヒア氏は、イラクで8ヶ月間戦闘に
参加したのち2週間の休暇で帰国した際、良心に従ってイラクには戻らないと決意し
た勇気ある兵士だ。メヒア氏は、良心的兵役拒否を申請し、アムネスティ・インター
ナショナルが良心の囚人として認定した。しかし、米軍は従軍義務不履行だとして、
オクラホマ州フォートシルで禁固1年の刑を言い渡した。
判決が出たのは、イラクのアブグレイブ刑務所でイラク人囚人を虐待したジェレミー
・シヴィッツ技術兵が1年間の禁固刑を言い渡されたのと同じ日の出来事だった。シ
ヴィッツ技術兵と同様の命令を受けたメヒア氏はこれを拒否している。メヒア氏の詳
細については、 http://freecamilo.org/ を参照されたい。
        (佐光紀子/TUPメンバー)
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僕がイラクに派遣されたのは2003年4月のことだ。10月に2週間の休暇で故郷
に戻った。家に戻ることで、自分の考えを整理し、自分の良心の声に耳を傾ける機会
ができた。僕の戦争体験についてまわりからきかれ、それに答えることは、僕をあの
恐怖へ、そう、銃撃戦や待ち伏せ攻撃、そしてイラクの若者が 自分自身血の海の中
を肩をつかまれて引きずられていく光景や、罪もない人が僕たちのマシンガンで首を
吹き飛ばされた瞬間に、僕を引き戻した。 子どもを殺してしまったために精神が崩
壊してしまった兵士、ひざまずいて天に向かって両手を広げ、おそらくは、なぜ僕た
ちが彼の息子の亡骸を持っていってしまったのかと神に向かって声 をあげて嘆き、
尋ねている老人の姿。

自分の国を廃墟にされ、襲撃や占領軍の巡回や夜間取り締まりに自尊心をズタズタに
された人々は、どれほど苦しんでいることか。

おまけに、説明されていたイラク駐留の必要性は、みんな嘘だったことも分かった。
大量破壊兵器なんていうものは、何もありはしなかった。サダム・フセインとアルカ
イダにも、何の結びつきもなかった。僕たちはイラクの人たちの助けになっていたわ
けではなく、イラクの人たちは、僕らにいてほしくなかったんだ。僕たちは、テロの
再発防止に一役買っているわけでもなければ、アメリカを今までより安全にしている
わけでもない。イラクにいたまともな理由なんか、そして、人々を 撃ったり撃たれ
たりする理由なんか、一つとして見あたらなかった。

家に戻ることで、軍隊の義務と倫理的な義務の間に横たわる一線がはっきり見えるよ
うになった。この戦争は社会的倫理に反し、犯罪だと思っていたし、侵略戦争であり
帝国支配のための戦争だったのに、それに自分が荷担していたことに、僕は気がつい
た。自分の信念に基づいて行動することは、軍隊での自分の役割とどうしても折り合
わないことも分かった。それで、イラクには戻らないと決めたんだ。

武器を置くことで、僕は、人間としてもう一度主張することを選んだ。軍から脱走し
たこともなければ、従軍する人々を裏切ったこともない。国を裏切ったこともない。
ただ、僕は自分の信条に忠実だっただけだ。

不安と疑問だらけのまま方向を転換したのは、自分のためだけではない。僕に砲撃し
てきた人も含めた、戦場の向こういるにすぎないイラクの人々のためでもあったーー
戦場での唯一の敵は戦争そのものなのだから。同時にそれは、地雷と劣化ウラン弾の
犠牲になっているイラクの子ども達、そして、戦争の何千人という僕の知らない兵士
以外の人々のためでもあった。僕が獄中で過ごした時間なんて、イラクとアメリカの
人々が命とひきかえに払ってきたものにくらべたら、ほんのわずかにすぎない。人類
が戦争のために支払ってきた命の犠牲にくらべたら、僕の犠牲なんてわずかなものだ


大勢の人が僕を臆病者だといった。そうじゃない人たちは、僕を英雄だといった。そ
の間に本当の僕はいるんだと思う。僕を英雄だと言ってくれた人たちに、僕は英雄な
んて信じないけど、普通の人にもとてつもないことが出来ると信じていることを伝え
たい。

僕のことを臆病者ばわりした人たちに、僕は言いたい。間違っているのはあなた達だ
、と。そしてまた、自分では気づかずに、正しいことも言っているのだ。殺されるの
が怖くて僕が戦場に戻らなかったという考えは間違っている。怖かったのは確かだが
、僕がおそれていたのは、殺されるかもしれないことだけではなく、罪もない人たち
を殺すこと、生き残ることは殺すことという状況に自分自身を置くことだ。そこには
、肉体を救おうとして魂を失っていく不安、娘や僕を愛してくれる人たちの知ってい
る自分自身が失われていく不安、今までの自分じゃなくなっていく不安、自分がなり
たい人間ではなくなっていってしまう不安があった。ある朝目がさめたら、人間らし
い自分に見捨てられた自分がいるんじゃないかと、不安だった。

何の誇りも感じないが、僕が兵隊としての任務は全うしたことは確かだ。戦闘で歩兵
隊の指揮を取り、任務遂行に失敗したことはない。それでも、僕を臆病者呼ばわりす
るのは、ある意味で正しい。僕をそう呼ぶ人たちは、その正しさに気づいていないけ
れど。僕は臆病者だ。戦争に戻らなかったからではなく、最初の段階で、戦争に参加
していたという意味で。この戦いを拒否し、抵抗するのは、僕の道徳的な責任だった


その道徳的な責任が、「筋の通った行動をしろよ」と、僕に呼びかけたんだ。が、僕
は人間としての道徳的責任ではなく、兵隊としての義務を果たす道を選んだ。怖かっ
たからだ。ひどく不安だった。

政府や軍に立ち向かうようなことはしたくなかった。叱責や屈辱的な扱 いを受ける
のが怖かったんだ。僕が戦争に行ったのは、あのときの僕が臆病者だったからだ。そ
の意味で、僕は部下の兵士達に謝りたい。僕は、自分がなるべきリーダーではなかっ
た。

イラクの人々にも謝らなければならない。外出取り締まりや襲撃、そして殺害に対し
て心からお詫びします。彼らが心の中で僕を許してくれますように。

自分の自由を失うのではないかと不安だったことも、最初から戦争を拒否しなかっ
た理由の一つだ。服役中のいま、自由にもいろいろあるんだということ、そして、僕
はこうして閉じこめられているけれど、大切な意味で自分は自由だということが、分
かった。良心に従うのを恐れながら手にする自由の何がいいんだろう? 自分らしく
行動して生きていけない自由の何がいいんだろう?こうして牢屋に閉じこめられては
いるけれど、今までこれほどい ろいろな面で人間らしいと感じたことは、なかった
。僕は自由な人間として牢獄に座っている。

というのも、僕自身が、もっと次元の高い力、つまり、自分の良心の声に従っている
からだ。

独房にいる間に、ナチスドイツを拒否し、抵抗した結果処刑されたアルブレヒト・
ハンスホーファーの書いた詩を読む機会があった。この詩は、死を待つ間に書かれた
ものだ。

          有罪
 
  法の前の罪の重さは、私の肩にはこたえない
  人民に対する私の義務は
  ナチスに対する陰謀を企てることだったからだ
  そうしなければ、それこそ犯罪者となっただろう

  私は有罪だ、君が考える理由からではなく
  自分の義務をすぐに果たさなかったから 
  悪いことは、名指しで、もっとはっきりと言うべきだったのに
  糾弾するのを長くためらいすぎたから

  今、心の中で自分自身を告発する
  自分の良心をあまりにも長いあいだ裏切ってきた
  自分自身をそして仲間を欺いてきたと

  悪のたどる道は、最初から分かっていた
  わたしの警告の声は低く、明快でもなかった
  今、自分にもよく分かる、私の罪が何だったのか

沈黙を守り続けている人たち、自分の良心をごまかしている人たち、悪いことを悪い
と、もっとはっきり言わない人たち、そして、拒絶し抵抗するところまで十分にたど
りついていない仲間達に、「前に出ておいでよ」と言おう。「もっと自由に考えよう
」と。みんなで自由な頭と柔らかな心で、傷ついた人々をいやし、武器を手放し、戦
争を終わらせて人間としてもう一度主張しよう。

                       (全訳 佐光 紀子/TUP)
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
TUP速報
配信担当 萩谷 良
電子メール: TUP-Bulletin-owner@yahoogroups.jp
TUP速報の申し込みは: http://groups.yahoo.co.jp/group/TUP-Bulletin/
*問い合わせが膨大な数になっています。ご返事が書けない場合がありますので、ご
容赦ください。
■TUPアンソロジー『世界は変えられる』(七つ森書館) JCJ市民メディア賞
受賞!!
■第II集 も好評発売中!!
コメント(0)| Track back(0) | 2005年03月06日22時11分02秒



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